『×』の重力加速度


少し考えてみてください。
ふとしたときに見上げてみると、頭の上を『×』が飛んでいることはありませんか。

それは例えば部活のときとか、
それは例えば一人のときとか、
それは例えば好きな人のそばにいて、幸せいっぱいのときであったりとか。

いつもは目に見えないくせに、ふとした瞬間に現れて、ひゅるんひゅるるんと旋回すると、いつの間にやら消えている。
特に危害を加えるでもない。俺の日常に干渉してくるわけでもない。視界の邪魔になるわけでもないし、耳元でうるさくざわめくわけでもない。

だけども、その赤い『×』には確かな重力が存在していて、つねに俺を圧迫している。
俺を押し潰そうという意思はないのか、それは耐え切れないほどの重みではないけれど、その威圧の不快さといったらなかった。


今夜もあまりの息苦しくさに、俺ははっと目を醒ました。頭の上を見やると、やはりそこには、ひゅるんひゅるるん、おびたたしい赤の『×』が旋回しながら肩を圧迫している。『×』の圧力はあまりに居心地が悪いものだから、おちおち自室でうたた寝もできやしない。
温かい色の蛍光灯が、『×』を冷たく照らしている。俺は嘆息しながらそれを見つめてた。

俺はいつものように『×』が消えるまでの間、ためしに数を数えてみることにした。

12345678……


「(昨日より一つ増えている)」


念入りに念入りに数えてみたけれど、12345678……ろくでもないことに、赤々と輝く『×』の数は、明らかに昨日より一つ増えている。
俺は苦い顔になる。
12345678……やっぱり一つ増えている。

俺はそれが不愉快でならない。
不愉快というか……なんだろう。
むしろ、怖いとさえ感じてしまう。

『×』が一つ増えるたびに、何かが一つ消えている。そんな感覚がこびりついて不安にさせる。日に日に消えていっているのは、決して頭上の空きスペースだけではないはずだ。

12345678……

あぁ嫌だ、やっぱり数え間違いなんかじゃないんだな。
何度も何度も数えなおす。だけど『×』は減ってくれたりなんかしない。
意味もないのに何度も何度も『×』を指で追ってしまう。それはさながらキツネにとりつかれた農民だった。
数えて数えて絶望して、それでもなぜか、また数えはじめててしまうのだ。習慣のように、頭上のおびたたしい赤を数えてしまう。やめようと手を止めたくても、やめられない。

『×』が頭上で増えているのは、まるで罰ゲームの風船だ。俺はいつか、『×』が爆発するような気がしてならない。それはただの直感だけど、妙なリアル感をもって俺の心をおいつめている。
増え続けている『×』は、俺をいつも新感覚の恐怖でさいなみつづけている。

12345678……

12345678……

増えることをやめない『×』を見ているのはすごく恐い、だが、どうしても落ち着かないのだ。赤い『×』を数えていないと、いてもたってもいられなくなるほど落ち着かなくなるのだ。
あぁ、これはほとんど病気だって。そんなことをまるで他人事のように考えている、俺がいた。


「長太郎? 部屋の電気がついてるけど、まだ起きているの?」


タオルを頭に巻いた姉さんが、ノックもなしにドアを開けてきた。


「起きてるけど」
「そう。最近部屋の明かりをつけっぱなしにして寝ていることが多いから、気をつけてちょうだいね。もう寝るつもりなら、ちゃんと電気は消すこと」
「うん、わかった」


能天気な姉は、俺の気も知らないでほくほく笑っている。ぱんぱんと濡れた髪を拭きながら、いつものように優しい声音で問いかけてきた。


「最近眠そうな顔していることが多いけど、ちゃんと寝ているの?」
「寝てるよ」


嘘。


「そうならいいんだけど、あんまり調子に乗って夜更かししちゃダメよ」


にこやかに言うと、俺の能天気な姉は『♪』を浮かべながら去っていった。

俺はベットから立ち上がり、言われた通り明かりを消して、そしてマジックを取った。
薄闇のなかで、×がもうひとつ、浮かんでくる。


俺はカレンダーの今日の欄に、赤い斜線を二本引いていた。

卒業式まで、あとわずか。

12345678……

12345678……

今日も一つ、『×』が増える。
それがどうしても恐くて恐くてしょうがない。
数えたって『×』は減らない。数えたって『×』は減らない。数えたって『×』は減らない。
数えるからって『×』が増えにくくなるわけでもなければ、ましてや残りの日数が増えるわけでもな。
あぁ、やはりこれは病気に近い。俺はかなりきているのかもしれない。
だけれどどうしたって数える手を休めることが、できないできないどうしてもできない。

12345678……

12345678……

暗闇のなか一人立ちすくみながら、俺はおびたたしい数の『×』を虚ろに並べている。


−卒業式まで、あとわずか−


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ちょたのヤンデレを目指してみたけど……撃沈気味……。


07,09,26:UP


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