【七話 壊れて崩れて】


長い夢を見ていたような気がする。痛みに目が覚めたら、俺は暗闇の中にいた。ひどく生々しい闇。俺は心底、怖かった。いったい、時計は幾回りしたのか。今は、何月何日なのか。ここは、どこなのだろう。俺はどうして気を失っていたんだろう。いつから気を失っていたんだろう。ここはまだ長太郎の家なのか。それともどこか、別の場所か。それすらわからない。目を開いてもひたすら光はなく、後頭部のあたりがずきずき痛む。少し昔の夢をみていた。悲しい、嫌な記憶。俺は頭をさすろうと手をのばした。

ぎっ……ぎっ…ぎっ……

 ……おかしい、腕が動かない? なんでだ。指は動くから俺にはまだ腕があるのだとわかるが、どんなに力をこめてもびくともしない。まるで何かに腕がくっついてしまってる。体はイスのようなものに座らされて固定されているらしい、足さえも満足に動かない。唯一自由に動かせるのは頭くらいだった。
「気がつきましたか、宍戸さん」
 びっくりするほど近くから、長太郎のやさしい声がした。
 長太郎、ここはどこなんだ。
 と言おうと口を開いたが、口からはくぐもった音しか出ない。舌で確認すると、布のようなものを噛まされている。どうしてこんなものが。一体何がどうしたらこういうことになるんだ。
「ごめんなさい宍戸さ。でも、もうどこにも行かないでください。ここにいれば、安全ですから。あなたを攻撃する両親はもういませんから。ここにいれば、誰もあなたを傷つけない。もうあなたは、傷つかなくていいのです」
 ぞっとするほどやさしげに、長太郎は俺の耳元でささやいた。
 恐怖に背中が戦慄する。ぞわぞわと、全身の肌が粟立つ。どうやら俺は――認めたくはないが――大切な後輩であり、かけがえのない友人である長太郎に……監禁されてしまったらしい。
「ごめんなさい、こんなことされるの宍戸さんは嫌ですよね。でも、それを外したらあなたはきっと家に戻ろうとするから、その、ごめんなさい、仕方ないんです」
 そんな言葉には耳を貸さないで、俺はどうにか拘束からのがれようと腕やら足やらをめちゃくちゃに動かしはじめた。だが、腕や足は微動だにしない。それを見て長太郎が顔を曇らせる気配が、空気を伝ってまぶたに触れた。絶望的な拘束力は、俺から自由を剥奪したまま放さない。暗い恐怖に背中から一筋の汗が流れる。
「んー……んー!」
 離してくれ、解放してくれと、俺は目の前にいるはずの長太郎に訴える。
「ごめんなさい、でも、怖がらないでください」
 申し訳なさそうな声でささやくと、長太郎は俺の体を抱きすくめてきた。ごめんなさい、ごめんなさいと何度もささやく。怖い。ひたすらに怖い。底知れぬ恐怖が駆け上がる。背中が寒くて、寒くて、しょうがない。長太郎の体温が、温かい体温が、こんなに恐ろしいとは。長太郎から逃げる術はない。それがいっそう恐怖をつのらせる。
「本当はこんなこと、したくなかった。でもここにいれば、あなたは安全ですから」
 怖い。目の前の長太郎という存在が、怖くて怖くて体が震えそう。
 漠然とした、不安。
 茫洋とした、恐怖。
 だが、それよりもっと恐怖に感じるのはその言葉に一抹の安心さえ抱いてしまう、自分の弱りきった心。
(――本当に、ここにいればもう傷つかなくてすむのかな――)
 俺の心は、確実に長太郎の言葉に揺らされていた。

+++

 長太郎は今、どこにいるのだろう。わからない。だがドアが開閉する音がないことから、この部屋のどこかにはいることは確かだ。
 彼は何も言わない。何かが動く気配もない。まわりの音は死にたえ、うるさいほどの耳鳴りが耳をつんざく。
あれから俺の日常は、どうなってしまったんだろう。
どう変わっていって、どうなっているのだろう。
俺の時計は今、どれだけ狂っているのだろう。
「宍戸さん、そろそろお腹がすきませんか?」
一体どれくらいの時間が流れたのだろう。しばらくして、長太郎が話しだした。
「すぐ何か作ってきます」
この場に似合わない明るい声で言うと、ドアが開く音がして、彼の足音が遠ざかっていった。
ずいぶん長いこと、一つのことを考えていたような気がする。だが結局、思いつく限りで俺のとれる手段は一つしかなかった。
「できましたよ、おかゆ。あ、それじゃあ食べられませんよね。すいません、すぐに外しますからね」
口から違和感が取り払われる。そして、暖かい何かが口元に押し当てられた。ふんわりとあたたかな蒸気が食欲をそそっる。おかゆ。確か長太郎は、これを作るのも得意だったことを思い出す。あの味を思い出して、口の中が酸っぱくなってきた。気を失ってからだいぶ時間がたったらしく、俺はかなり空腹だった。
だが、俺はそれを口に含もうとはしなかった。嫌がろうと首を振ることもしない。ただ、目の前の闇を見据えるだけ。
長太郎はそれをいぶかしく思ったか、雰囲気の色をわずかに変えた。
「宍戸さん、食べないんですか? もしかして、食欲がないとかですか?」
わざと応えない。ひたすらに無視を決めこむ。
そう、俺にできる対抗手段といったら、これしかなかった。ハングリーストライキ。略してハンスト。長太郎の言うことを無視するのはその延長線でしかないが、手足の自由を奪われ、さらに口まで塞がれた俺にできる抵抗はこれしかない。俺を解放するか、死なせるかの二択を長太郎に迫るってわけだ。
これを何回か繰り返せば、いくらぼけっとしている長太郎でも俺がハンストしていることをわかるだろう。そうしたら、少なからず長太郎は俺のことを解放しようと思うかもしれない。もしも、その時長太郎が俺の死を選ぶとしたら、その時はその時だ。
長太郎は冷えたおかゆを持ったまま立ちすくみ、やっとあきらめたのか俺の口にまた何かをくわえさせて部屋の外へと出ていった。おそらくおかゆを置いてくるのだろう。
俺は内心ガッツポーズをしていた。長太郎の思うとおりでないことが、一つできた。それだけで崩れかけていた俺の心は少し色をとり戻す。大丈夫、きっとなんとかなる。そう、なんの根拠もない考えさえ浮かぶほど、気は明るんできた。

だんだん肌が闇に慣れてきて、感覚が鋭利になってきた。視覚を布でふさがれたからか、五感の残りが鋭くなっているらしい。
よくよく注意していると、遠くからバスの音やバイクの音が聞こえてくる。どうやらここはまだ長太郎の家の中だと考えていいらしい。その上空気がどことなく暖かいところからして、今は昼頃だと思う。俺の耳や肌は、未だかつてないほど敏感になっていた。
とすると、さっきから長太郎が部屋に戻ってこないうえ人の気配がまったくないのは、彼が学校に行ってしまったからだろう。

その時突然、ドズン、と重たい音が遠くから聞こえてきた。背中が反射でヒヤリとする。聞き覚えのある音。この音は、間違えない。どうして間違えられるだろうか。それは、俺が普段からよく聞いている音。
拳が壁を、殴る音。


+++


数える限りで三回目の食事を無視して、その度に長太郎の雰囲気が不穏なものになってゆくことを、俺は気づかずにいられなかった。
時々すすり泣いたり、俺の体を思いっきり揺すってきたり、大声で何か言うこともあった。だが俺はどんなことをされても、決して動かずにいた。真っ直ぐほの暗い闇を見据えたままで、死んだように固まっていた。
「ねえ宍戸さん、もうこんなことはやめてくださいよ。声を聞かせて、応えてくださいよ!」
四回目の食事を無視したとき、とうとう長太郎が切れた。鋭い声で叫び、俺の耳を痛ませる。
「ねえどうして、どうして何も言ってくれないんですか! ねえ宍戸さん! 起きてるんですか、寝てるんですか! 生きてるんですか、死んでるんですか! 何を考えて、何を思ってるんですか! 何とか言ってくださいよ!」
崩れそうなその声を聞いて、俺は内心ゆるりと笑っていた。今、少しずつ状況が傾いてきていることを俺は肌で感じていた。
ふいに、口から布が外されて言葉が自由になった。
「外しましたよ、ねえ外しましたよ。だから何とか言ってくださいよ。宍戸さんの声を聞かせてくださいよ」
もちろんそんなことを言われて素直に従うほど、俺はやさしいやつじゃない。涙に声をしゃくり上げながら言われたって、言うことを聞いてやるもんか。
「ごめんなさい宍戸さん・・・許してください、お願いですから許してください。あなたに嫌われるなんて、おれ、たえられない・・・もう・・・」
弱々しい声で、長太郎は俺にしがみつく。涙で肩が震えている。彼の悲痛な表情が、空気を伝って俺のまぶたに触れた。すでに彼は、ボロボロに瓦解しかけていた。完全に、形勢は逆転した。
俺はそのまま口元がゆっくり笑うのを、止めることができなかった。
ああ、どうして笑うことを止めることができようか。
こんな面白いことは、めったにない。
「・・・」
俺は少しはっとした。見られたのだろうか。俺が笑っているのが気づかれたのか、長太郎はひたりと泣くのを止めてしまった。
それはもう、びっくりするくらい、ぴったり止まった。
「なにがそんなにおかしいんですか」
暗闇の色が変わるのを、俺は気づかずにいられなかった。刺さるように邪険な視線が、俺の口元に鋭く集まる。その目つきはどう考えても彼らしいものじゃない。そこには何かギラッとした光を放つ生々しいものがあった。でもそれはほんの一時のことだった。彼はその不穏な光をすぐ奥にひっこめ、いつもの穏やかな顔つきに戻った。
だが、その気配はもはや泣いていない。
突然、長太郎の手が俺の右足首に触れ、そのガムテープを切り裂いた。右足が自由になる。続いて左足。左足も自由になり、両足が完全に自由になる。俺は混乱のあまり動けなかった。意味がわからない。今どうして俺を解放してくるのか、意図がつかめない。俺は素直に喜べないで、漠然とした不安を感じていた。
俺を自由にしてくれるのか?
そう、甘ったれた考えが頭をよぎったが、俺はそれを全力で否定した。それだけは、絶対にありえないという確信があった。俺は不穏な予感をおさえることができなかった。何かよくないことが、起こりそうな気がしてならなかった。
「ねえ宍戸さん」
右手を解放している最中に、長太郎は言った。
「知ってました? 人はね、一日全く動かないだけでびっくりするくらい弱ってしまうものなんですって。宇宙飛行士なんて大変らしいですね。一週間無重力空間にいただけで、三日は立ち上がって歩くことができなくなるそうですよ。まあ今は、宇宙に行ってもちゃんと筋トレをすることでそういうことを防いでいるらしいですけどね」
ついに左手のガムテープに手がかかり、違和感が軽くなってゆく。俺は目の前の自由への喜びより、理由のわからない解放への恐怖を感じていた。
そしてついに、両手足が自由になった。俺はいぶがしく思って手首をさする。本当に俺は自由になったのだろうか。本当に俺は、今自由なのだろうか。それだけが絶えず心のすみに引っかかっている。
俺はふるふると頭を振って、目隠しの布を取ってしまおうと手をのばした。
その時、ビーッと、ガムテープが伸びる音が聞こえてきた。
俺はギクリとした。背中が硬直する。
長太郎はそのまま、俺の両手を取り押さえてきた。俺はそれを全力で振り払おうとした。こんなところで大人しく解放する長太郎じゃないことはわかっていたが、俺だってこのまま大人しく捕まってやるわけにはいかない。
だが、どうしたことか全然力が入らない。長太郎は片手で俺の両手を押さえているのに、俺はまったくそれが振りほどけない。俺が止まっている間に、筋肉はずいぶん弱ってしまったらしい。
そのまま手首に、ねばねばした感触がまとわりつく。気持ち悪い。またぴったりと両手を拘束されてしまったんだ。
長太郎はそのまま俺の体を抱きかかえて、数歩歩いた。そして俺の体を、どこか柔らかいところに乱暴に落とした。たぶん、この感触からしてソファーかベッド。
「宍戸さん・・・」
 ゾっとするほど、恍惚とした声がしてきた。はあ、と悦に浸ったため息。そして長太郎は、驚くことをしてきやがった。その唇を、俺の唇に押しつけてきたんだ。
焦りで額に汗が流れる。どうしてこんなことを。長太郎が、男の俺にどうしてこんなことを。その言葉が、ひたすら頭の中で反すうしていた。
「宍戸さん、ねえ、気づいてました?」
ミシリ、ベッドに長太郎の気配が近づいてくる。俺はヒヤっとする。
「おれはずっと、あなたのことが好きだったんですよ。あなたのとなりにいると、いつも不安で不安でたまらなくて、でも妙に心が安心して、居心地悪いのに、ずっとそばにいたいって、思ってたんですよ」
知らない。そんなこと知らない。俺には関係ない。長太郎なんざ見えない、聞こえない、どこにも存在しない。俺はひたすら彼のことを無視しつづける。
俺がそうして口を一文字に結んでいるのが気にくわないのか、彼は少し暗い雰囲気になった。
「・・・そうやって」
歯を食いしばっているのか。ギリっという音。
「いつまでそうやっておれの存在を否定し続けるつもりですか。そんなこと、しないでくださいよ。おれだって、こうすれば宍戸さ嫌われることくらい、わかっているんです。わかっている、でも、あなたにそうされたくない。無視されることが、一番つらいんです」
ならやめろ。こんなこと、今すぐやめちまえ。そう言いたかった。よっぽど言ってやりたかった。でも長太郎を無視することを決めこんだ俺は何も言わないことにした。そうすることが、今俺にできる一番の攻撃だとわかっていたからだ。
それに・・・やめろと言って止めるほど、状況は甘くないことを、俺は痛いほど理解している。
「宍戸さん・・・」
軽く唇が重なり、音がたつ。何度も、何度も、唇が重なる。長太郎の舌が入ってきた。俺は何もそれに応えてやらない。眠っているように、動いてやらない。彼の舌が、口のなかを乱暴にまさぐる。ちゅく、と唾液の音が響く。それさえもちろん、聞こえないふり。
その時突然、ひたり、と服のなかに冷たい感触が侵入してきた。背中が震える。まるで俺の存在をたしかめているかのような手つき。
俺は慌てて唇を噛む。と同時に、胸の突起をつままれた。体が、ヒクン、と震え、唇からわずかに声がもれる。
「・・・んっ・・・」
懸命にこらえたから、おそらく長太郎には気づかれていないと思う。体の震えも、わずかなものだ。俺はよっぽどやめろと言いたかった。だが俺はこらえた。こいつのことは無視を貫くって決めたことを思い出していた。どんなことをされたって、何も反応してやるものか、そう、自分に誓ったんだった。
その時長太郎の手が、突起を、くりっ、と回した。ビリッと変な感覚が背中を貫く。唇を噛む。声をのどの奥でかみ殺す。何なんだこれは。こんなことで声を出しそうになるなんて、変だ。
「・・・まだ無視を決めこむおつもりなんですか・・・」
彼は指の腹で、突起を上下にこすり始める。それにあわせて、背中がふるふる震える。それもどうにか、勘づかれないようにおさえる。
無視だ。無視を貫くんだ。俺は必死に自分に言い聞かせる。だが、体の反応は、ますます激しくなるばかり。突起をいじられるたびに、ヒクン、ヒクンと体が震える。グリっ、と強く押し潰されて、体が弾けそうになる。
俺は必死にたえた。反応すまいと意識をそらそうとした。大丈夫、これくらいならまだたえられる。俺がそう確信したとき、長太郎の手がふっと突起からはなれた。
そしてその手はすべるように徐々に下半身へとおりていき、ズボンの中へと入っていった。俺ははっとする。手はそのまま俺自身を軽く握りしめた。
「ぅあっ・・・」
突然の強すぎる刺激に、出すまいとしているのに声が震える。
「ごめんなさい」
喉で小さく言って、それを揉みしだいてゆく。
感じたくない。こんなことされて、感じたくなんかない。屈辱感に、背中が震える。
俺は感じるものかと、必死に意識をそらそうとする。だが、そんなことは無駄だった。くちゅ、ぐちゅ、とこすられる先端から、音がしだしている。
手の平をゆるゆると上下させながら、親指の爪で裏筋を優しくなでられる。
その強すぎるほどの刺激に、声が止まらない。
「やっ・・・やめろ・・・んっ・・・」
「あなたが、おれを無視するのが悪いんだ・・・こうすれば、あなたはおれを無視できやしない」
「だっ・・・黙れっ・・・ゃぁ、はっ・・・」
必死で逃れようと足を突っ張ってみるが、それすらも空いている左手に捕まえられあがらえなくなる。
「いいです宍戸さん、イッても」
嫌だ。そんなことは嫌絶対だ。後輩に股間を愛撫されて、達しろというのか。そんなの、屈辱的にもほどがある。
射精感に震える体を騙して、必死でそれにたえる。
「・・・ふっ・・・ぅ、っ・・・・・」
長太郎の手はそれにこたえるように、速さをます。一気に頂点へと連れていくつもりか。さらに緩急の差が激しくなる。歯を食いしばるのに力がこもる。手が動くたびに、全身がビクリ、ビクリと震える。
「ンン、ふっ・・・・ふ、ぅ・・・」
「いいですね、その顔も、その声も。とっても・・・きれい」
長太郎の声が目の前に聞こえる。必死で顔をそらし、射精感をたえる。たえようとすればするほど、体の反応は増す。ビクリ、ビクリと、背中が勝手に震える。
「――ンっ・・・あっ・・!」
だが、ついに俺は自身から白濁した液を吐き出してしまった。ゾクゾクと駆けめぐる快楽の波に、思わず全身の力が抜ける。歯を食いしばる力には、もう覇気はない。ただ、ひたすらに悔しい。羞恥心に、何も言葉がでない。
「宍戸さん、これ邪魔なんで脱がせますね」
言われて突然、ズボンを奪い取られた。全てが見えてしまう格好になり、俺はもう羞恥心でめちゃくちゃにされそうだった。
濡れた長太郎の指が、ゆっくり下におりてくる。そして、それを後孔にもっていった。
ず、と侵入してきた人差し指に、体がギクリと硬直する。
「痛っ・・・てめえ、何する気・・・」
「言いましたよね、おれ、宍戸さんのことが好きだって。好きで、スキで、狂おしいほど、あなたのことが好きなんです」
第一関節までしか侵入していなかった人差し指をぐいぐいと進められ、根本まで収めきった。短い悲鳴。ひたすらに激痛。ひたすらに違和感。
「痛、ぁ・・・っやめろ、って・・・!」
「・・・ごめんなさい・・・」
乱暴に俺の中をかき乱してゆくその指とは裏腹に、人を気遣う言葉をかけてくるなんて。それが一層、むかつく。申し訳なさそうに、優しげなその言葉に思わず泣きそうになる。悔しくて、涙があふれる。
「や・・・め・・・なあっ・・もう・・・っつあ・・・!」
指が二本に増やされた。痛みに頭髪が逆立つ。引き裂かれた後孔が激痛を訴える。その指がぐちゅぐちゅと中を荒らす。動くたびに漏れるいやらしい音。内側がかすかに外気に触れ、拡張されているのだという事実をまざまざと感じた。
そして三本目が入る。
「っ・・う・・・っや・・・!」
「ごめんなさい」
後孔のあたりがズキズキ痛む。明らかに濡れた音がもれる後孔。次第に激しさを増す指の出し入れに、徐々に体が弛緩していくのを感じる。
「んぁ・・・!」
突然その指が引き抜かれた。大きく長い息をつく。痛みから解放されて、また涙があふれそうになった。
「宍戸さん、どうしてさっきはおれのことを無視していたんですか。おれ、すっごく哀しかったんですよ、わかります?」
いつもより熱っぽい口調。でも、やっぱり優しい。目の前にいるのは、やはり長太郎以外の何者でもないんだな。それが俺の心を、いっそう振るわせそうになる。
「お前が・・・お前がこんなひでえことをしてくんのに、抵抗する術はそれしかなかったんだよ。手も足も出なくて、声も満足に出せねえ。それじゃあお前のことを徹底的に無視するしかねえじゃねえか」
「それでも」
声音が急に険しくなる。
「それでもおれは、哀しかった。息が止まるほど淋しかった。宍戸さんはここにいるのに、心だけはこっちに向いていないなんて、そんなの、」
ギリッ。長太郎が奥歯を噛む音が聞こえる。
「おれはそんなの、つまらなかった。あなたがとなりにいるのに、心がこっちを向いてないなんて。宍戸さん、お願い、ずっとこっちを見ていて、ずっとおれにかまっていて、もっと、もっと、宍戸さん・・・」
何か熱いものが後孔に押し当てられる。頭から血がサーッと引いていく。
「だから、もっとおれのことを感じて」
ズン、と突然襲った圧迫感に、思わず呼吸を忘れた。
「っかは・・・っ!」
ギチ、ギチ、ギチ、と長太郎の熱い杭が俺を貫いている。
「っぅ、ぃっ・・・やっ・・・ッ」
拘束された腕がビクビク震える。耳障りなガムテープの音が、ニチ、ニチと部屋にこだまする。
「――はあ・・・」
長太郎が甘い嘆息をもらす。一方俺は、内蔵を貫くような激痛に意識が混沌としてきた。頭蓋のなかは一面白い霧。声すら、ろくに出ない。
「大丈夫ですか、息、ちゃんとしてくださいよ」
気遣いの言葉も耳に入らない。ただ力を抜こうとひたすら躍起になる。
(だめだ、怖い、痛い・・・っ)
ガクガクと全身が震える。止めようと思っても、震えは止まらない。体内に侵入してきた異物を確認するように、ギチギチと長太郎を締めつけ続ける。
「うあァっ・・・!」
そんな俺をよそに、長太郎は体をゆすり始めた。わずかにだがズチズチと出し入れされる。さらに増した激痛に涙があふれ、ついに布が吸いきれなくなりこぼれた。長太郎の舌が、それを残らずすくい取る。ピチャ、という音とともに、首元がひくりとすくむ。
「あ、ああっ、や、やめっぁ、ぁあ」
「ごめんなさい、宍戸さん」
長太郎がそうささやいて、突然動きが激しくなった。上から押しつけるようにして腰を打ちつけてくる長太郎。目眩のするような激しい揺さぶり。意識が白い。意識が白濁する。意識がだんだん遠のいてゆく。悲鳴のようなこの声は、誰のものだろうか。
「いッあっぁッ・・・!」
唇のはしからこぼれ落ちた唾液を、長太郎の舌が頬からゆっくり丁寧になめとってゆく。
「宍戸さん、痛い? 怖い? おれのこと、ちゃんと感じている?」
長太郎の腰のストロークが緩やかになる。
「ぃ、あ・・・っ」
ゆっくりとされるほうが、余計にその形を感じとってしまい、苦痛に感じる。
ズルリと先端ギリギリまで抜かれ、またじんわりと根元まで押し込まれる。
「あぁ・・・あ・・・」
信じられないことに、徐々に唇から漏れる吐息が、甘さを帯びてきた。そうやってゆるゆると内部を探られてゆく。
「・・・ひ・・・あ・・・ンァアアッ!・・・っ」
背中が大きく跳ねる。突然背筋を熱い響きが駆け抜けた。
「なッ・・・にこれ・・・っ」
「ここ・・・ですか・・・」
確認するように、その部分を長太郎の物が何度も小突く。
「やッ・・・ぁアァ・・・なっ・・・ひっ・・・!」
ビクリ、ビクリ、と体が震える。長太郎はそして、痛々しいほどに腰を打ちつけだす。
「ぅアァッ!」
軽く小突かれただけで甘いうずきが全身を襲う。そんな箇所を勢いよく突かれる。声が止まらない。悲鳴が止まらない。そして長太郎は、繰り返し繰り返しその箇所を刺激してゆく。
「やめ・・・っ! ・・・たろっ・・・ちょ・・・た・・・ッ・・・!」
襲いくる未曾有の快楽に必死に逃げようともがいても、どうにもならなかった。暴れる足はがっちり固定されたまま、長太郎が徐々に腰を打ちつけるペースを上げてゆく。
後孔からは、グチュ、グチュ、という淫らな音がひっきりなしに響いてくる。
「宍戸さん・・・」
一面の白にインクの染みが落ちるように。長太郎の声が落ちてきた。
「・・・ごめんなさい・・・っ」
優しく、人を気遣うその言葉。それだけが、やけにはっきり浮き出ていた。
それと同時に、お互いは叫びながら放った。



+++

ついにやおいをやってしまった