【どうしてわかってくれないんだ】
少し、仮眠をとらせてもらうと言って日本が仮眠室に横になって目を閉じたのは、今が夜だからというわけではなくて、ここ何年も長引いている戦闘に疲れ果ててもう倒れてしまいそうだから少し休みをとらないと動けなくなってしまうかもしれないと、脳裏に浮かんできた余裕たっぷりなアメリカの笑みを思い出して不安な気分になってしまったからだ。彼にはまだやるべきことやなすべきことが山積みになっていたが、もはやそれをすべてこなすだけの体力の自信はなかった。少し、休息が必要だった。
しかし横になって少しばかりも眠れないうちに、彼は体の奥の痺れのあまりに息苦しさにふと目を覚ましてしまった。ひどくのどが渇いて、体中のあちこちが悲鳴をあげている。彼は目頭をゆっくり押さえて、深いため息をついた。自分の体の奥でうずく痛みに耳を傾けまいとするときの、彼の癖だった。
「やあ日本、お疲れの様子だね」
薄暗い部屋のなかで、誰かが飄々とした口ぶりで笑った。
日本はその声を聞いたとたん驚きとび起き、枕元の刀に手をかけた。
「貴様! 一体どこから入ってきた」
「失礼だな、ちゃんと玄関から入って来たよ。ちょっとこれであいさつしたらすぐ入れてくれたよ?」
人影はライターに火をつけると、口にくわえた葉巻に赤い熱をうつした。ほうっと部屋に明かりがともり、日本は彼の顔と、その手に握られているものを見た。彼の手には拳銃が握られていた。まだ、黒々とした煙りを細くあげているのが目に入って、日本は目を見開いてそのまま険しい顔になり刀の鯉口を切った。
「アメリカ……よくも」
だがその先はなかった。斬りかかろうと踏み出した足に力を入れると、骨が軋むように痛んで、思うように動けずに日本はガクリと膝をついた。
「無茶しなくていいよ日本。今日は別に君を痛めつけに来たんじゃないんだ」拳銃をリヴォルバーにおさめたアメリカは口元だけに笑みを浮かべると、日本の肩に手をおいて冷静なまなざしで日本を見下ろした。「君に降伏を要求しに来た。悪い条件は出さないさ。こんな戦争を続けたって先は目に見えているだろう?」
日本はその言葉を聞いて、アメリカを強く睨むとその手を払いのけた。
「馬鹿を言え、あなたに何がわかるって言うんですか。私にはまだ戦う力が残っています」
「そんな苦しそうな声で言われると俺も心が痛むよ」アメリカは大袈裟に肩をすくめた。「これは連合国側のためだけの提案じゃない、君を助けるためでもあるんだよ?」
「よくもそんなこと、いけしゃあしゃあと。あんなひどいことを私にしてきた人が、いまさら私を助けたい? どこまでもふざけた真似を!」
日本は厳しい声で言うと、無意識に左肩をきつく握りしめていた。
「ああそういえば、こないだ怪我したとこって、そこだったっけ?」
笑った声のアメリカにはっとして、日本は慌てて手をはなした。
「まだそこは痛むのかい? あの時はかなりひどく焼いてあげたもんね」
するとアメリカはいきなり日本の左肩を掴んで、骨を砕く勢いで傷口をにぎりしめた。えぐられるような痛みに日本は眉を歪ませるとその手を払おうと反抗したが、まるでそれをせせら笑うようにアメリカは日本を押し倒して身動きを奪った。食い込んだ指から、ギリリと布がなく。日本は必死に悲鳴をこらえるが、さらに強く傷をえぐる痛みに息ができなくて目をつぶるしかなかった。
日本の心臓のすぐ近く、徹底的に焼かれた左肩。それはアメリカにとってはあまりにも細くて、壊すなんてことは簡単だった。
「かわいそうに、こんなに痩せちゃって。もとから体は大きくなかったし、体力もなかったのに」
アメリカはそうつぶやくと、押し倒した勢いで彼の軍服からあらわになった鎖骨を指でなぞった。細く痛々しいほどに浮き出ているそれは、いかに日本が強気なことを言っても実際は相当無理をしているかを物語っていた。
「日本、降伏してくれ。俺は君を守りたいんだ。戦争が終わったら君が元気になるまで手助けしてあげたいし、もしも助けを求めたときは駆け付けてあげるし、いつでも味方になってあげる。この戦争が終わったら、日本は安心して武器を捨てていいんだよ」
「ふ、ざけるな」
日本はアメリカの手に爪をたてると、力を振り絞って食い込ませた。細く血が流れるがアメリカはそれを冷静な目で見ていた。アメリカは日本の左肩から手をどけて、あいさつするように頭の横で広げた。
「このままおめおめとあなたに屈して、私のために亡くなっていった同志たちに、どうやって顔向けができましょうか! 私の降伏は、彼らの命を否定するも同意。ならば私は、なにがあっても降伏するわけにはいかないんです」日本は弱々しく叫んだ。そして精一杯アメリカを睨んだ。「私は、あくまで私自身の正義を貫く」
「……そう」
アメリカは日本の上からどいて立ち上がると、葉巻を口からはずして灰を落とした。
「なら、俺にも俺の正義があるんだ」
白い息を、長く、細く吐き出す。煙りは薄く闇に広がると、重力にしたがって下へと落ちてゆく。彼の手にはいつの間にか拳銃が握られていた。それはさっきまで使われていたものではなかった。それどころか今まで誰も使ったことのないもの。それはあまりにも黒く、あまりにも小さかったので、ただの拳銃にしか見えなかった。日本はぼんやりとその手の中にある黒いものを見ていた。その先端が自分に向けられ、引き金がまさに引かれようとしていることが、うまく実感できなかった。物事はあまりにも無慈悲で唐突だ。しかしそれは発射された。
反動銃口が空中に跳ね上がるのが見えた。それと同時に右のふとももをハンマーで思いっきり叩かれたような衝撃があった。日本はそれをかばうようなかっこうでベッドに倒れた。左手に持っていた刀が逆の方向にとんでいった。アメリカはもう一度銃口を彼に向けた。二発目が発射された。違う角度から右ふとももを撃ち抜かれた。日本はその痛みをどうにかこらえようとしたが、どうもいつもと様子が違うということに、遅れて気付いた。
足が焼けただれるような痛み。内側で猛り狂う悲鳴。熱い、熱いと布を裂くような声。日本は困惑した。高濃度の毒が足をどろどろと侵してゆく。それはあまりにも熱くて、あまりにも激痛が走るものだから、うまく痛みを感じることができないほどだった。
「かっ……はぁ……ぁっ……」
日本は荒く息をつくと、何かを言いたげにアメリカを見上げたが、ガクガクと震える唇からは細かい悲鳴しか漏れることはなかった。
「大丈夫だよ日本。俺が君を守ってあげるから」
アメリカは痛みに震える日本を抱きしめると、彼のひたいに浮かんだ汗を優しく拭った。
アメリカは本心からそう思っていた。それが絶対日本のためになると信じていたし、世界のためだと疑ってなかった。
だから、どうして日本がすさんだ瞳で睨んでくるのか理解できなかった。
日本の食いしばりすぎた奥歯がギリリと鳴いている。瞳の奥には砕かれた何かが光っている。それは涙にとけて頬を細く流れると、アメリカの腕をすり抜けて冷たいシーツへと落ちていった。
どうしてわかってくれないんだ
(散っていった同志のため。私は屈するわけにはいかないのに)(俺が守ってあげる。君は安心して武器を捨てればいいのに)
+++
たぶん言う必要ないと思うけど、一応蛇足解説。
舞台は言わずと知れた太平洋戦争。
日本の左肩の火傷は東京大空襲のこと。日本の心臓近くね。
体力のない日本→地下資源などのとぼしい日本
「痩せた」のとこも同じように。
あとアメリカさんが日本に撃った銃は、あれ原爆ね。
日本さんの口調が荒っぽいんだけどそれは敵国に対してだから気にしちゃいけないんだぜ。
お互いに共存のできない正義をぶつけ合っている米日を書きたかった。日本かあいいよ日本。
あとアメリカはとくに自分の正義を信じて疑ってないと思う。なぜなら俺がヒーローだから。
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