食後のプレーンヨーグルト
夏が終わってそれまでの馬鹿みたいに忙しかった日々が終わったことは少なからず俺に暇な時間を与えてくれた理由になるが、それだけとは考えがたいほどに無駄な時間が膨大に降ってきたのは俺が所属している学校が中高一貫校なせいだろうと思っている。
もちろん、一日のなかで24時間がすべて暇だというわけではない。学校ではそれなりに厳しい授業が毎日続いているし適度に宿題はでているし、球技大会やらちょっとしたイベントやらがあってくれるおかげで完全に暇だといえるような時間は実はそんなになかった。それに本当に暇なときは後輩指導という名目で部活に勝手に参加することもわけなかったので完全に何もすることがなくて困ることはなかった。
ただ、流れている時間から見て暇なのではなくて、忙しそうに動いていたとしてもこっちの気分が常に暇しているんだった。どんなにすることがあったとしても、内心ではいつもその張りのなさをつまらなく感じていた。テニス部を引退してから、自分ががむしゃらに走って追い付きたい憧れや自分のことを後ろから追いかけてくる緊張感が完全に消滅してしまったのだ。
この空洞感を、器用なやつは受験勉強にぶつけたりするのだろう。失われた緊張感や逼迫感をそこで補うのだ。だけど俺にはその必要はない上、今まで出来るかぎりさぼろうと努力さえしていた勉強にいまさら必死こいて打ち込むことなんて後ろめたささえ感じてできなかった。
だがカラスだけはそれまでにない要素で、ふいに俺の生活に転がり込んできた。
テニス部の頃からの相方の長太郎から借りた漫画を自分の部屋で全巻一気読みをしているとき、換気のために半分だけ開けた窓から首をのぞかせているカラスに気付いたのは、ちょうど夕方になり空が紫色になりつつある頃だった。
俺とカラスはなんとなく目があってしまい、カラスのほうは身じろぎもせずにこっちのほうをじっと見ているものだから俺は漫画を置いて近寄ってみようかとベッドから立ち上がってみた。するとカラスはすぐさま首をすっと引っ込めて消えてしまった。もしかしたらまだ外でこちらのほうを見ているかもしれないと思った俺は窓の外をのぞいてみたが、あの黒い目はどこを探しても見当たらなかった。
それから数日して、またカラスがひょっこりと黒いくちばしをのぞきこませていた。少し前までの俺ならそこで乱暴に追い返したり大きな音をたてて脅したりしていただろう。だが俺は気分的に余裕があったのでそういう乱暴なことをせずに根気よくそいつに近寄ろうと立ち上がった。だが俺が立ち上がったとたんカラスは羽を鳴らせて半身の姿勢になった。俺は通じるかどうかわからないがとりあえず「何もしねえから」と呼びかけてみた。だがあと一歩歩いただけでカラスは飛び立ってしまった。
そんなことを数回繰り返してまた三日くらい経ってカラスが来たとき、俺は追うから逃げられるんだという考えになっていて、今まで読んでいた漫画を読み続けるふりをして時々カラスのほうを見ていた。そうしていれば自然とカラスからこっちに入って来るのではないかと期待していたが、少しの間漫画を読みふけていたらいつの間にかカラスの姿はいなくなっていた。
俺が何も反応を示さなかったのがそんなに気にくわなかったのか、あるいは俺がもうこの遊びにはつきあってくれないものだと判断したのか、カラスはそれっきり俺の部屋に遊びに来ることはなくなってしまった。だがそれっきりまったく見かけなくなったというわけではない。その日から二週間くらい経った頃だったか、俺が学校帰りに近所のコンビニの近くを歩いているときにフェンスの上で尾を振っているそいつとまた目があった。目があうととたんにカラスは動きを止めて、そのきょとんとした表情はまさしくあのカラスに間違いなかった。
下手に近づくと逃げられることはすでに学習していたので俺はなるべく刺激しないように自然に立ち止まった。ためしに半歩だけ近寄ってみたら、やはりカラスは半身の姿勢になって威嚇してきた。俺は何もしないから逃げるなというふうにそっと手を広げてみせた。するとカラスは再び落ち着いた様子になり黒い瞳から敵意のようなものを消した。
立ち止まってみたはいいが、いざ止まってみてこの先何をしたらいいだろうと考えてみたら何もないなと思っていると、ふいに餌を使って仲良くなれば近寄れるかもしれないという考えが浮かんできた。だが俺はあいにく餌になりそうなものは持ち合わせていなくて、かろうじてミントガムは持っていたがそんなものをカラスに与えていいわけがないとは重々承知していた。
俺は目の前のコンビニでソーセージでもパンでもいいからさっと買ってきてこいつにやろうかと思ったが、俺がいなくなったとたんにこいつは逃げてしまうんじゃないかとも不安になった。俺はうんと声を低くして「待ってろよ、今パンを持ってきてやるから」と言ったらどうやら伝わったらしく、カラスは落ち着いた表情でフェンスに腰をおろした。
俺は一歩にじりさがり、二歩三歩と後退していって、そして全速力でコンビニのパンを買ってすぐさま戻ってみるとむかつくことにカラスの姿はすでに消えていた。
俺は受取人不在のパンをむなしく握りながらこの仕打ちに強く腹を立てた。あまりに腹が立って立って仕方がなかったので誰かに言わずにはいられなくなってしまったが、その誰かというのが長太郎だったことには特にこれといった深い理由はない。ただ、あいつから借りた漫画のことで話したいこともあるし、長太郎は人の愚痴を聞くのが上手なやつだから自然とあいつにこのことを真っ先に話してやろうという考えになった。人の話を聞くというものには上手い下手があるのだと知ったのは長太郎がきっかけで、あいつはそのことに関しては人一倍うまかった。当たり前だが聞き上手なやつに何かを話そうとするといつもならしっかりまとまってくれない取り留めもないことまで繋がりや流れをみせるし、普段なら思いつきさえしない考えまで浮かんでくるもんだ。別に、長太郎はタイミングよくあいづちを打ってくれるとか、俺の愚痴にたいして的確なアドバイスや何かうまいことを言ってくれるわけではない。ただ黙って真剣に聞いていて、たまに思い出すようにうなずくだけだ。だがそれ
は、決して誰にでもできることではなくて、本当に話を聞くのがうまいやつってのは何もうまいことなんか言わなくてもこっちの話がしやすいような雰囲気をつくってくれるものなんだ。
この時も長太郎はその持ち前の聞き上手さをもって俺の話を真剣に聞いてくれていて、
激しく中途半端