二話【明暗・陰陽・敵味方】




「ならば、奪ってしまわないの?奪ってさらって自分のものにして、自分のものと独占してしまわないの?」
「しないよ、そんなこと」
「そう。鳳くんは爪が甘いのね。私ならするわ、たとえどんな障害があろうとも、最大限の努力をして、自分だけのものにしようとするわ」


 ぼんやりと濁った瞳で活字を追いながら、梅子は何でもないことのように恐ろしいことを言う。たしか、この話の主語は『自分の好きな人』だったと思うが、梅子は『人』が主語とは思えないくらい過激なことを言っている。
 混雑した通勤電車は一定の騒音に包まれて、そんな梅子の恐ろしい言葉は他の人には聞こえなかったろうと思うが、それでも俺は少し嫌な気分になった。梅子はそんな俺の気も知らないで、さらに恐ろしい言葉を続ける。


「もしも、奪えなくて、さらえなくて、自分のものにできないのなら、そんなもの、破壊してしまうでしょうね。傷つけて、蹂躙して、再起不能なまで痛めつけて、目もあてられないくらいいたぶって、そして、誰のものにならないように誰のものにもならないように誰のものにもならないように、傷物にしてしまうでしょうね」


 やめて、梅子。俺は小声で耳打ちする。彼女にしてはいやに感情的になっている。いつもより饒舌だ。電車の中はなかなか声が聞き取りづらいとはいえ、一体誰がこの会話を聞いているかわからないのだ。
 本当に、この会話の主語は『好きな人』であっているのか、疑わしくなってきた。大人しそうな彼女のどこに、そんな過激な心が隠されているのかはなはだ疑問だ。


「現に、私は彼にそうしたいと思うの。最近、彼を手に入れることが不可能なのではないかと疑いつつあるわ。彼が自分以外の誰かのものになるなら、私は、私は・・・」


 思い詰めたような声で、彼女はつぶやく。俺は思わず梅子のことを引きぎみで見る。そんな俺の様子に気づいたか、梅子は取り繕うように言う。


「聞き流してください。どうせ、私というちっぽけな存在が考えだした下らないことですから。どうか気にとめないでください」


 聞き流したりなんかできないよ。だってそれは、立派な犯罪だもの。
 日本国民として警察に通報すべきか、友人として心の病院に行くことを勧めるか。結局、俺は何事もなかったように梅子のとなりにいる。そして気がついたら彼女はとなりにいなかった。それはいつものことだった。



+++



 駅から歩いて一五分、遠くはないけれど近くもない距離を歩き、俺は鳳と書かれた表札がついている門をくぐる。自宅に帰りついた。



「ただいま」


 わかってはいるが誰もいない。広い家に自分の声だけがこだまする。家のなかは、がらんと薄暗かった。
 俺は台所のガスレンジに火をつけて水をわかす。薄暗い家に、青白い光が寂しくともる。今日の夕御飯はお味噌汁と冷蔵庫の中にある魚を煮付けようと思った。それだけでは野菜が足りないかな。昨日の残りのカボチャも温めよう。
 他の家ではどうだか知らないけれども俺の家で夕御飯というものは、全て自分で作って食べるものなのだ。両親は今、どちらも働きに出ているのだろう。忙しい人たちなので、夜の遅くにならないとなかなか帰ってこない。唯一の姉弟である姉は、ずいぶん前からドイツに留学にいってしまって家にはいない。俺は家に帰るとたいがい独りだった。親は俺が寝てしまった後夜遅くに帰ってきて、朝のぎりぎりまで休息をとる。そんなんだから、俺は一日のなかで親にまったく会わない日さえある。最近は仕事がたてこんでいて、なかなか休みをとるのもままならないらしい。俺が今朝会った両親は疲れていて、忙しい忙しいと口癖のようにぼやいていた。いや、それは今朝だけの話ではない。いつも、いつも、俺の両親は視認が困難なほどの速度でめまぐるしく俺の前を通りすぎていく。そんなんだから、俺は自分の弁当は自分で作ったり、自分の洗濯物は自分で洗ったりなどしている。両親と一緒に暮らしていながら、俺はほとんど一人暮らしをしている状態だった。
 リビングの電気をつけて、テレビの電源をつける。別に見たい番組があるわけじゃないけど、音がないと、さらに部屋の広さや寂しさが誇張されるようで怖いのだ。
 こういうときにふと思う。もしも俺が今ここで、突然にして消え去ったらどうなるだろうと。きっと、いや、確実に、誰も気づかないのだろう。俺が今、この世から消滅してしまっても、誰も気づく人なんていない。そう思うと、急に哀しい気持ちに襲われる。独りというのは怖い。テレビの笑い声が、どこか白々しく聞こえる。



「音量が大きすぎませんか」



 ソファーに座っている俺の背後に、何の前ぶれもなしに声がした。のけぞりながら後ずさり、顔を確認する。


「・・・だからさ、何度も言うようだけど、いきなり背後に立つのはやめてくれよ。心臓止まるかと思った。梅子がやると真剣にホラーだよ」


 背後にいたのは、本を読みながらぬぼーっと突っ立っている梅子だった。うつむいているから表情は見えない。重たい黒髪がざらりと顔を隠している。一日に二度も会うなんて今日はついていない。たしか一度、こういう女の子の幽霊がでてくるホラー映画を観たことがある。そいつはセーラー服を着ていて、髪は重たく伸びていて、一人暮らしの男性の背後に忍び寄り、次々と絞殺していってしまうのだ。あんな発言の後だから、梅子が妙にそれっぽく見えてしまう。梅子と幽霊の唯一の違いといえば、その幽霊は本を読んだりはしなかったことくらいだと思う。うーん、冗談じゃなくて梅子とその幽霊を重ねて見てしまう。


「梅子ってさ、ホラー映画からスカウトがかかってきたことない?」
「何、話がぜんぜん読めないのだけど。なぜいきなり映画の話がでてくるのかしら」
「いや、なんでもない。・・・どうせまた窓からうちに入ってきたんだろ?本当、幽霊じみてるよね」
「鍵が開いていることのほうが悪いわ。東京のど真ん中にいながら窓の鍵が開いているだなんて、不用心きわまりないわね」
「そこから侵入してくる梅子も梅子だけどね」


 梅子は不思議な周波数の声で、そうね、とうなずくと、陽炎のようなゆらゆらとした足取りでソファーに座る。俺がいる左側とは反対側の右端にちょこんと座って、ソファーに座っているのに背筋を真っ直ぐ伸ばしたままでいる。


「素朴な疑問なんだけどさ」


 俺はテレビをつけっぱなしにしながらテニス雑誌を読んでいる状態できいた。


「なんで梅子って時々俺の家に侵入してくるわけ。そういうのってさ、一般的な中学生のしかも女子が中学男子の家にやることじゃないよね」
「・・・」


 梅子はしばらく考えこむと、無感情な声で言った。


「私が家にいたところで、何もないから。・・・否、私があそこで死んでしまったところで、誰もその時に私の死を悲しんでくれる人がいないから」


 梅子は顔をあげると、俺を真っ直ぐに見た。光のともっていない瞳が、俺をとらえる。



「でもここなら、悲しんでくれる人がいる。私がいなくなったことに気づいて、驚いて、悲しんでくれる人がいる。そうでしょ?」
「・・・」 「そして、鳳くんがもし、急にこの世から消滅してしまうとしたら、私が悲しんであげるわ。あなたがいなくなったことに気づいて、驚いて、悲しんであげるわ」
「・・・」
「そうね、強いて理由をあげるのならば、あなたと私が、似たもの同士だからかしら」



 なんだそれ、と反発的に言ってみたものの、俺は妙にその言葉に納得してしまっていた。
 俺と梅子は、本当に、奇妙な関係だった。いつからこうなっていたか、もう覚えていない。いつのまにか、こうなっていた。本当に、奇妙な関係だと思う。だけど俺はこの関係を崩そうとは思わないし、梅子をここから追い出そうとも、思わない。
 俺はふと、梅子の左手首を見る。いつものように、似合わないオレンジ色のリストバンドが巻かれている。その下にあるものを俺は知っている。きっと今でも、おびたたしい傷が生々しく残っているのだろう。梅子は少し前まで『死にたがり』だった。だけどそれは少し前まで、の話だ。今は違う。最近梅子には好きな人ができて、その人に会ってから梅子は『死にたがり』ではなくなった。表情も豊かになった。前までは面白くないときも笑っていた。面白いときも同じように、薄く笑っていた。だが、今は違っている。面白くないときは無表情だし、可笑しいときは可笑しいと微笑みながらくすくす笑う。そして、俺といるときはだいたい無表情のことが多い。あれ?これってむしろ表情が乏しくなっているのか?まぁいいや。
 俺と梅子は全然別の人間だけど、本当に、そういう点で俺たちは似たもの同士だと思う。
 好きな人ができて、日常が楽しくなって、そして、少しずつだけど、その人に影響を受けて変わってゆく。

 そして、『独り』を恐怖に思う。




+++



 長太郎は優しい。本当に、誰にでも優しいやつだと俺は思う。たとえばこの前だって、同じクラスの図書委員から蔵書整理の仕事を頼まれたときがあった。そのときだって、自分が不器用だとわかっているのに、生真面目に図書整理をしていた。決して自暴自棄になったりしないで、丁寧に仕事をやってのけた。悩み事を相談されたときだって、まるでそれが自分の身に降りかかったことのように、親身になって解決の糸口を探していた。ちょっと心配性がすぎて、大げさなことを言ったりとかしていたが、それは長太郎が真剣にそのことについて考えている証拠なのだ。
 もちろん、そのことは長太郎本人から聞いたのではなく、他のヤツから聞いたことだから多少の誇張があるかもしれないが、本当に、長太郎は何にでも一直線で、手加減というものができなくて、少し大げさなところがあり、心配性がすぎるところがあるが、誰に対してでもやさしい、本当にいいヤツなのだ。
 だから、時々うっかり勘違いしそうになってしまうから、気をつけなくてはいけない。あれは俺だから特別に優しいわけではなく、誰にでもああいう感じに接しているのだ。俺だけが特別だと、勘違いしてはいけない。俺だけが特別だと、勘違いしてはいけない。
 特訓につきあってもらったり、怪我の心配をしてくれたり、お節介なほど体調を気にしてくれたり、それは、俺だから特別そうしているのではない。
 すべて、長太郎にとってそれはして当たり前のやさしさ、当たり前の範疇であるのだ。
 勘違いしてはいけない。
 勘違いしてはいけない。
 いくら長太郎がやさしいヤツで、いいヤツで、頼み事をしたら断れないヤツだとしても、それにつけ込むように、俺のそばにおきつづけたいと願うだなんてことは、いけないことなんだ。
 だから、今のあいつの言葉だって。



「宍戸さん、大好きです」



 深く考えてはいけないんだ。


「・・・」


 俺はその言葉に何ら答えをださないで、ふいと顔をそむける。そして、へぇ、とか、ふぅん、とか、曖昧な返事をしてその場をやり過ごした。
 そういえば、その言葉を耳にするのは久しぶりな気がする。ひどく耳に心地いい、長太郎の、最大級の友愛の言葉。
 特訓が終わってしばらくが経ち、やはり気の迷いだったか、長太郎は『好き』だとかそういった類の言葉をあまり言わなくなっていた。だが、その代わりに、最近は時々まごまごと何かを言いかけてやっぱりやめたり、喉まで出かかった言葉を無理矢理に嚥下してナンデモナイデスとうそぶいたりすることが多くなっていた。
 俺は朝練から上がって途中だった着替えを済ますと、もうすぐ授業がはじまるぜ、と言って着替えの遅い長太郎をせかした。部室には俺ら二人以外誰もいない。みんなさっさと着替えて教室に向かったのだ。


「すいません宍戸さん、お待たせしちゃって」


 やっと長太郎が着替え終わったのを見て、俺はさっさと校舎に向かおうと部室を出る。予鈴はとっくに鳴りやんでいる。時間はいつも以上に逼迫としていた。



 まるで待ち伏せしていたかのように部室のまん前に立っていた転入生の姿を見たのは、そのときだった。



「よう」


 転入生は気さくにあいさつすると、馴れ馴れしくこちらに手を振ってきた。


「・・・なんの用だ」


 無意識にも、俺は転入生を睨む。俺はなんとなくこいつのことを嫌っていた。とくにこれといった理由はない。理由もなしに睨まれるのも、転入生にとってはいい迷惑かもしれないが、とにかく、俺は本能的にこいつのことが好きになれなかった。


「おいおいそんなに睨むなよ。俺はただコートに置き忘れてあった鳳のタオルを持ってきてやっただけだぜ?」


 転入生は飄々とした態度でいうと、俺のうしろにいた長太郎にタオルを投げてよこした。


「にしても、後輩に好かれてるなんていい先輩なんだなぁ宍戸は。外まで聞こえてたぜ、『大好き』だって」


 聞いていたのかよ、こいつ。俺はばつの悪い顔をして長太郎を見る。彼は笑っていた。『照れるなー』といった顔で、しまりなく笑っていた。なんとなくむかつく。


「で、宍戸。おまえはどうなんだ?」
「何が」


 話がよめなくて、俺は思わず聞きかえす。すると転入生は、にっこり笑いながら俺を睨んだ。深い憎しみをたたえた、攻撃的な眼光がぎらぎら光る。


「そんなこと、わかりきってんだろ」
「・・・」


 わけ知り顔で転入生は俺を睨む。その態度に気味悪さを覚えた俺は、転入生の言葉になんら解答をださないで、そのまま横を通りすぎて校舎へと向かった。無愛想なヤツだと思われたかもしれない。でも、嫌われたとしても別によかった。俺はあいつがなんとなく嫌いだった。
 長太郎は転入生に軽く会釈すると、慌てて俺のあとを追う。時計を確認すると、始業の鐘が鳴るまでもう何分もなかった。俺は長太郎に、目くばせで走ろうと言って走りだす。
 俺は走る。長太郎も走る。朝のぼやけた歩道を、二人横に並んで走る。
 背中に、転入生の視線を感じながら。



+++



そうやって、俺は曖昧な距離を保ち続けていた。



+++



 こんな日があった。


「最近なんだか楽しそうですね」


 帰りの電車、会社帰りの人たちでごったがえした車内、梅子は真剣に活字を目で追いながら俺に言った。
 俺は少し疲れた顔をしながら、そうかな、とぼやく。


「そうよ、そんなに思い詰めたような顔して想い悩んで。本当に、楽しそう。悩んで苦しんでぶつかって押し潰されそうになって。それって、すごく、素敵なこと」
「そんなことを素敵だと思う梅子はおかしいよ」
「そうかしら?苦労や苦悩って、少し魅力的じゃない。そのことはあなたに生きているって、実感を与えてくれてるんじゃないの?」
「・・・」
「図星ね図星ね図星のようね」
「うるさいなー梅子」
「教えて、おもしろそう。あなた何に悩んでいるの。興味があるわ。興味があるわ。今日のおもしろいお話は、それで決まり、うん決まり」


 呼吸するように本を読みながら、彼女はせかす。なんで梅子は本を読んでいるのにその上俺に話を求めるのだろう。俺はため息をつきながら、重たい口を開いた。


「実はね、少し前まで、俺は宍戸さんにしょっちゅう好きだとか大好きだとか言っていたんだ。だけど、そのことに対してあの人は全然こたえてくれなかったんだ。曖昧な返事をしてその場をやりすごしてばかりで、まったく俺の言葉を受けとめる手応えがなかったんだ」
「宍戸さんって・・・あぁ、あなたの好きな人よね」
「うん。だから俺は、最近宍戸さんに好きだとか言うのを控えているんだ。だって、宍戸さんが俺の『好き』に応えてくれないのは、きっと俺に興味がないからなんだって思うんだよ。でもね、こらえているのって辛いね。好きと言わないようにしようと努めているだけで、すごく辛くなるんだ。でも、こらえずに好きと言ったとしても、きっと辛いと思うんだ。好きと言っても、そのことに何も応えてくれない、なんてことになったら・・・すごく、すごく辛いと思うんだ」
「そうね。わかるわ、その不安感。だってあなたと私は似たもの同士ですもの」


 そのとき、電車のドアが開いた。人の波が、梅子の小柄な体を押し流していく。


「でも、行動しないままだと、よけい辛いと思うわ。何か行動を起こしてみればいいのじゃないでしょうか。何か、解決の糸口が見えてくる可能性があるかもしれないと、私は思うわ。私がもしあなただったなら、きっと行動を起こすことでしょうね」


 だんだんと声は遠ざかりながら、それでも彼女は真剣に、俺に忠告の言葉を残して去っていった。
 それが、昨日の話だった。
 で、その結果が、今朝の『アレ』だった。
 予想はしていたけど、やはり、辛かった。
 曖昧な距離ほど、もどかしいものはない。



+++



 そんなわけで、俺はため息をついている。今の俺は精神的にかなり辛い状態だった。当然、そんなんだから練習にも身がはいらない。当たり前だけど宍戸さんに怒られた。部活中なのにしょっちゅう上の空になるのだ、怒られて当然、ていうか、そういう時に俺を厳しく叱りつけたりしない宍戸さんなんて確実にニセモノだ。


「もういい、一旦休憩だこのバカ!」


 火を吹きそうな勢いでそれだけはくと、宍戸さんはさっさとどこかへ行ってしまった。俺をベンチに置き去りにして、一人で壁打ちとかをしに行くのだろう。それはヒットポイントがオレンジレンジになりつつある俺に、とどめの一撃をさした。ヒットポイントゼロ。チョウタロウは倒れた。俺はベンチに倒れこむように座ると、寛大なため息をつく。瀕死状態の俺は、もう宍戸さんの後を追う気力すらなかった。


「どうしたんだ鳳、そんなしょげたツラして」


 顔を上げると、目の前には宍戸先輩が立っていた。髪の長い、転校生の先輩の方だ。あぁ、声が同じだからびっくりした。俺は少し落胆しながら、笑ってナンデモナイデスとうそぶいた。


「ふぅん、そうか?全然何でもないようには見えねぇぜ。練習中しょうっちゅう上の空になったり、気がついたらため息をついていたり、全体的に覇気が感じらんねぇし」


 先輩は俺のとなりに座ると、心配そうに聞いてきた。それはとてもありがたいことだ。でも、この人に俺の悩みをうち明ける気にはなれない。宍戸先輩は宍戸先輩であって、宍戸さんとは別の人だと頭で理解していても、まるで本人に悩みをうちあけるようで気が引けたのだ。


「・・・おまえ、宍戸のことが好きなのか?」
「―――!」


 俺は一瞬言葉を失った。何の前ぶれもなく核心をついたその言葉に俺は大きなショックを受けた。いきなり心を丸裸にされたみたいに、見透かされた気がした。否定もできず、肯定もできず、俺はあわあわと口を開閉させながら宍戸先輩を凝視する。


「なんだ、あってるのか?」


 少し自信なさげに言う先輩に、俺はぎこちなくうなずく。


「じゃあ、お前が今そんなにしょげてんのって、もしかしてあいつのせいなのか?」
「まぁ、はい。そうです。今朝、先輩が外で聞いたように、俺がそういう意味で宍戸さんに好きと言ってもですね、宍戸さんは全然応えてくれないんです。適当にあいずちを打つだけで、何も――だから、ちょっと今辛くなってるんです」
「ふぅん。あんなに傍目バレバレなのにな」
「はい・・・」


 なんだろう、先輩は転校生で、まだこの学校にも慣れていないだろう時期なのに、人の心配をしてくれて、真剣に俺の話を聞いてくれている。先輩が転校してきたのは数日前で、テニス部の練習に参加しだしたのは今日からで、なのに、俺がいつもと違う様子だということに気づいていて、俺が宍戸さんのことを好きだということに気づいている。なんて鋭い人なんだ。俺は感嘆する。まるで人の心を見透かすことができるみたいで、少し薄気味悪ささえ感じる。


「告白とかは、しねぇのか?単に好きと言うだけじゃなくて、ちゃんと、自分が宍戸のことを、そういう意味で好きなのだと、言ったりはしねぇのか?」
「・・・」
「なんだ、言わないのか?言えばいいじゃないかよ。言って、相手の気持ちをちゃんと確かめる。落ち込むのは、その後じゃねぇか――――もし自分一人で言う勇気がないなら、俺が協力してやるよ」


 宍戸先輩は、真摯な眼差しで俺をとらえる。


「俺は・・・宍戸亮は、おまえに協力してやる。鳳のことを最大限に応援して、どんな要求でも全力でこたえてやる。俺の全力をもって、協力してやる――――だから、頑張れよ。今の曖昧な距離に甘んじてないで――――足掻いて足掻いて、気持ちをきっちり伝えてこいよ。そのための協力は――――惜しまない」


 深い、底の見えない瞳で、先輩は俺を見つめる。恐いほど真剣な雰囲気をまとった彼は、口だけで笑うと、手を差しのべてきた。俺は、その手をとる。



 転校生、宍戸亮。
 それは、鳳長太郎にとって最大の味方であり、宍戸亮にとっての最大の敵。



+++



 転校生の宍戸亮は、俺と同じ顔をしている。声も同じ声をしている。性格や、仕草や、そこら辺の俺にしかわからないこととかも、嫌になるくらい一致している。
 だが、それだけなのだ。
 あいつと俺は、クラスが違う。住所が違う。家族構成が違う。送ってきた過去が違う。その他、もろもろの取り巻く環境は俺と違っている。この前、先生に確認をとったからその違いは確かだ。
 だから、こんな考えは冷静に考えてみたら馬鹿馬鹿しいのかもしれない。人に言ったら笑われるだろう。それは単なる勘違いだと、軽くあしらわれるだろう。
 だが、それは理屈ではなく、本能でもなく、俺は魂で理解していた。この薄気味悪い感覚の、正体を。



 あいつは、俺と同じ存在なのだと。



 同じ体、同じ過去、同じ記憶、同じ魂をもつ、同じ存在なのだと。
 唯一の違いは、あの長たらしい黒髪だけ。つまり、あいつは過去から来た俺なんじゃないかと、思う、いや、そう確信している。
 だとしたら、あいつはなんで俺の前に現れたんだ?どうして時をこえて、未来へ来たんだ?



 何の目的があって、俺の前に現れたんだ――――。




07,07,16:UP
07,08,04:ReUP