七話【オオカミ少年】

 氷帝学園テニス部は他の部活に比べると軍隊のように規律が厳しくできている。それは総勢人数二百人を束ねるためには必要なものだし、規律が緩い上人数の多い中学生の組織なんてよっぽどのことがない限りただの烏合の衆、有象無象の塊になることは目に見えている。
 だからたとえ体調を崩したやつでも、怪我をしたやつでも、部活を休むことは免れない。学校を休んでいない限り、いかなる場合でも部活の欠席はご法度だ。それは誰に対しても等しく働くルールであって、もちろんレギュラーもその例外ではない。
 だけどもちろん体調に配慮すべきときは配慮してくれていて、見学者は別に部活の片付けをしなくてもいいことにはなっていた。
 だから見学者は今の時間、もうとっくに帰っているはずであり、参加者はまだ片付けをしているはずなのだ。部室に今誰かがいることはおかしいはずで、だからここにアイツがいるのはおかしいはず……なのに。


 なんだこれは。


 宍戸亮が鳳長太郎の腕のなかで、唇を重ねあわせている。


 長太郎はもう帰ったかと確認するために部室に来たら、俺はこの光景に遭遇した。
 息が止まる。胸がつかえて言葉も出ない。力の抜けていく俺の手から、ボールの入ったかごが音をたてて落ちる。
 気がつくと俺は走っていた。桜並木を走っていた。体はとうにくたくたで、それでも俺は全身に鞭打ってひたすら桜並木を疾走する。どこに行くかもわからない。だがとにかく走らなければ。そんな強迫観念が頭に響く。俺はそこから逃げなければいけない気がした。気づきたくない何かから、気づきたくない気持ちから、一刻もはやく離れ逃げなければいけない気がした。


 かさぶたを剥がされたような痛みがする。強引に、何かを剥がされたような気がする。俺が必死になって隠そうと、嘘を塗り固めたところから、俺が隠そうとしていた、想いやら、気持ちやら、心やらが漏れでてくる。
 本当のことが、傷口から漏れでてくる。
 本当の気持ちなんて、知りたくないのに。


 ――……俺は、長太郎のことが好きだ。

 好きだ。好きなんだ。知りたくなかった。わかりたくなかった。俺は長太郎のことが好きで、宍戸亮は鳳長太郎のことが好きで、長太郎はそれを受け入れていて、でもそれは俺ではなくて、長太郎が受け入れたのは俺と同じ存在だがまったく別の人物で……。

 なんだそれ。
 なんだそれ。

 吐気がする。頭が痛い。息が止まる。息ができない。どうやって呼吸していたか、思い出せない。苦しい。苦しい。悲しい。悲しい。こんなことがあるか。こんなことがあるか。こんなことに、どうしてなってしまったんだ。
 本当の気持ちに気づいたとたん、その気持ちは破れてしまった。気づいたときは、すべてが手遅れになっていた。遅すぎた。遅すぎたのだ。何もかも、すべてが。遅すぎたのだ。
 俺は本当に、一度その大切なものを失わないとその大切さに気づけない……どうしようもないやつだったのだ。


 ふと。暗い桜並木の突き当たり、巨大な桜の木が鎮座する広場に、浮かびあがる人影がひとつ。風もないのに、ゆらゆらと長髪が不気味に揺れる。

 宍戸……宍戸亮。
 過去からきた、俺と同じ存在。
 気づくと俺はそいつの胸ぐらをつかんで吠えていた。


「過去の俺のくせに、俺から長太郎をとるな!」


 それは冷静に考えてみればめちゃくちゃな理論で、まったく理にかなわない意見だったかもしれない。だが過去の俺は、取り乱した俺を見て笑ったりはしなかった。かわりに、ぞっとするほど冷たい視線を俺に突き刺している。敵意を剥き出しにした眼光が、闇夜の中にぎらぎらと光る。


「勘違いするな。はやがってんするな。俺はお前の過去の存在なんかじゃないぜ。俺はお前の……未来から来たんだ」


 ……は?瞬間、全身の力が抜ける。張りつめていた緊張が途切れる音がする。
 俺は、過去の俺に負けたわけじゃないのか?俺が負けたのは、実は未来の俺だったのか?試合でこいつに勝てなくても、それはもしかして、仕方のないことだったのか?
 一瞬、背中が弛緩する。そして直後、跡部が言った言葉が脳裏に蘇る。彼が言った言葉を思い出して、再び緊張が走る。
 ……完全に、俺の負けだ。未来の俺に、今の俺が勝てるわけがなかった。相手は自分よりも多く生きている。俺に起こることを全部知っている。俺より長く俺自身のことを知っていて、長太郎のことも、俺より多く知って……。


 ……。


 ……………………。


 …………………………え?


 おかしい。あいつが俺の未来の俺なら、なんで未来の俺は過去の俺から長太郎をとろうとするのだろうか。しかも、あの長い髪……もしや。


「おい、長太郎はどうしたんだ。お前の時代の、長太郎はどうしたんだ!!お前がまた髪を伸ばしたってことは、まさか……!!」
「……」


 長い前髪が、彼を表情をざらりと覆い隠した。



+++



 俺から見る宍戸さんは、いつでもきれいな仮面をまとっていた。

 宍戸さんは俺は強いと嘘をつき。
 宍戸さんは痛くないと嘘をつき。
 宍戸さんは怖くないと嘘をつき。
 宍戸さんは悲しくないと嘘をつき。
 宍戸さんは独りでも大丈夫だと嘘をつき。
 宍戸さんは独りでも強いと嘘をつき。
 ……宍戸さんは、自分のまわりにいっぱい嘘を塗り固めていた。

 嘘で作り上げたオオカミの仮面は、宍戸さんの顔によく馴染む。

 誰かと共に歩むことはとうにやめたのだろう。
 誰かと肩を並べることはとうにやめたのだろう。

 彼はオオカミだった。嫌われもので、乱暴者で……嘘つき。

 いつしか嘘は看破され。
 きれいな仮面は剥奪され。
 本当の姿はどうしてもさらされるのに。
 彼は嘘のうえに嘘を塗りつづけた。
 彼の長髪は、彼のプライド。
 彼の長髪は、彼の仮面。
 彼の長髪は、嘘の壁。

 まわりの人はその仮面に騙された。それが彼の姿だと、それが本当の姿だと、まわりはそれに騙された。だけど、俺にはわかってしまった。

 俺には、身近にそういう人がいるから、わかってしまったのだ。

 長い髪は、他人と自分を別け隔て、孤立するための壁。
 自分は独りでも強いと、嘘を塗り固めた証。


 独りでいても平気なことが、彼の自慢。彼のプライド。

 宍戸さんの、艶やかな黒い髪。
 それが彼の……自慢の髪。



【東京都テニス大会団体戦○○日前、氷帝学園二年鳳長太郎の心情より抜粋】



+++



 葉桜が初夏の薄闇に揺れている。ごつごつと歪な樹肌に触れると、冷たく固い感触が指に伝わる。見上げると、巨大な桜の木は両手を大きく広げるように、俺を迎えてくれているようだった。ここに戻ると、いろんなことを思い出す。俺が中学だった頃、楽しいことや、辛いこと、悲しいこと、苦しいこと。そしてどんなときも、いつも俺の傍らにいてくれた、大切な後輩のことを……。

 長太郎が、仮面が看破された俺に、独りは強さではない、独りは人を食う、独りは恐ろしいものだと教えてくれた場所も、たしかここだった。
 腹をくくって長太郎に特訓に付き合ってくれと頼んだところも、たしかここだった。
 彼は、仮面を看破されたとき俺のことを支えてくれた、唯一の存在だった。
 だから、俺は長太郎を選んだ。きれいな仮面は彼のために捨てた。もう二度と、独りで歩かないように、独りにならないように、長太郎と一緒に肩を並べることを選んだ。
 ……だから、再び独りとなった今、俺は自分の髪を伸ばしている。
 皮肉なことに、髪は一年でだいぶ伸びた。昔の俺と同じくらいには、伸びたと思う。この黒髪の長さは、そのまま俺の孤独の長さ。気がつけば、俺はずいぶん長いこと独りになっていたことになる。

 俺は強いと嘘をつく。
 俺は痛くないと嘘をつく。
 俺は怖くないと嘘をつく。
 俺は悲しくないと嘘をつく。
 俺は独りでも大丈夫だと嘘をつく。
 俺は独りでも強いと嘘をつく。
 ……俺のまわりには、いつのまにかまた嘘が溢れていた。


「鳳は、そんなお前の姿を見て喜ぶとでも思うか?」


 俺は肩越しに後ろを見る。険しい表情をした跡部が、闇の中たたずんでいた。


「またここに来ていたんだな、宍戸。あれ以来、テニスをやめて、誰ともつながることをやめて、そんな、毎日を亡霊のようにすごしているお前を見て、鳳が悲しまないとでも思うか?」
「……そういや、もうすぐだったな、長太郎の一回忌」
「おい話をそらすな宍戸」


 俺はわざと跡部の話を聞こえないふりをする。だが、跡部が言うことももっともだった。長太郎は、今の俺を見たらきっと悲しむだろう。毎日をただ流れるように無意味に過ごす俺を見たら、あの穏やかな気性をした後輩だって怒りを覚えるだろう。
 ……だが、長太郎を殺しておいて、自分だけがシアワセになろうという気もおきない。自分だけ、この世界にのうのうと生きていることですら辛いのに。
 ただ、なんとなく、俺はすべてがわずらわしかったのだ。何もやる気はおきなかった。何もする気はおきなかった。未来に希望はなく、過去には後悔がたたずんでいる。
 俺は、過去に遡ってすべてをやりなおしたかった……。









「その願い」








 小さな、鼓膜をほとんど刺激しない声。
 重病人の臨終の言葉のような。


「その願い、わらわが叶えてくれようぞ」


 その声は小さすぎて、どこから聞こえてきているのかよくわからなかった。かすれて歪んだ異質な声音。俺は視線をさまよわせて、やがて跡部に辿りついた。
 桜がいつの間にか咲いていた。
 葉桜に、いつの間にか花が咲いていた。
 息がつまるほどの桜吹雪。
 そのなかで、跡部はぞっとするほど無表情にたたずむ。
 陶器で作った人形のような。
 俺は沈黙し、硬直した。
 彼の長いまつげが瞳の色を隠す。それだけで跡部の人間性は残らず損なわれている。うつむいている彼はすでに彼岸の住人だった。
 そんな跡部は呪文のようにつぶやく。


「我こそは邪馬台国恐山霊将軍殲滅破恢之卑女。八千代の昔、御大将軍八百万之宮薔薇毒君から託せんつかまつった誓約により悠久の幽閉を命ぜられしもの。願いを捧げし貴殿には我が名において奇跡を授けようぞ。さあ、貴殿の願いを申してみよ」


 歪んだ、ガラスでもひっかくような不快な声音だった。
 人間のだせる声ではない。


「跡部……?」


 俺は怪訝な声音でたずねる。彼は、ただ返事もなくたたずむだけ。ぞわぞわと肌が粟立つ。……違う。俺は直感的にそう悟る。目の前にいるのは跡部であって跡部ではない――何か、異質な存在なのだと。


「今、なんだって。願いを……叶えるだ?」
「そうじゃ。わらわは貴殿の願いを叶えるためにここにおる。わらわの力をもってして、貴殿の願いを成就させてやろうと云うておるのじゃ」
「……」


 彼は不気味に微笑む。
 ぞっとするほど艶かしく、まるで人間ではないように。……彼の話は、とても信じれるような話ではなかった。


「……どうして?」


 嫌な薄ら寒さを覚えて、俺は妖艶にたたずむ跡部――いや、邪馬台国恐山霊将軍殲滅破恢之卑女を睨む。


「どうして、俺に力を貸そうとするんだ。いきなり現れたお前がただの善意で俺の願いを叶えてくれるとは考えにくい。こっちとしては素性も知らないやつに理由もわからず親切にされるのは、純粋に気持ちが悪いんだよ」
「なに、畏れることはない」


 ぐにゃりと口元を歪ませて、邪馬台国恐山霊将軍殲滅破恢之卑女はいびつに笑う。


「わらわの気まぐれじゃ。わらわのたはむれじゃ。わらわは暇潰しをしたいだけなのじゃ。桜の木に幽閉され、悠久の怠慢に耐えきることができず気晴らしを求めておるだけなのである」


 彼は微動だにしない。
 風も虫の音も死んでいた。
 夏だというのに冷たい風が俺の背中を通過する。


「本当に」


 風もないのに、ちらりちらりと花びらは舞う。それはまるで幻影の光景。それはまるで彼岸の向こう。
 風もないのに俺の髪がゆらめく。孤独でいることを、強さだと嘘ぶくための仮面。今まで嫌悪の対象でしかなかった、俺の長髪。


「本当に、願いを叶えてくれるのか」
「過去には霊将軍とまで呼ばれた霊力の持ち主ぞ。人間どもの下らぬ願いの成就など容易いものよ」
「それじゃあ――」


 俺は。


「過去に、俺を戻してくれ」


 気まぐれな桜の木に、願いを捧げた。すると桜は優美にうなずく。そして、ガラスをひっかくような不快な声を恍惚と歪ませて言う。


「その願い、しかと聞き届けた。だがよいか、これだけは忘れるでないぞ。
 未来を変えることはできるが過去を変えることはできない。
 それは希望であり、また絶望である。
 こころせよ、わらわにさえこれを歪めることは不可能なのじゃ」
「それでも」


 俺は真面目な顔で気まぐれな桜を見つめる。


「――それでもいいんだ。たとえ俺の過去が変わらないとしても、それで長太郎が救えるなら俺は何だってする。そのためなら……覚悟はできている」


 俺は桜の言うことを理解して俺はその上で断言する。


「俺は、自分の大事を取り返すためなら何だってやる。その大切を取り返すためなら、俺は仮面も被るし嘘もつく。――喜んで、敵にだってなる」


 ぐにゃりと口元を歪ませて、気まぐれな桜の木こと邪馬台国恐山霊将軍殲滅破恢之卑女はいびつに笑った。


+++


 きっかけは、ささいなことだった。ただよくある、些細ないさかい。人と人が近くにいれば、必ずおこる、よくある意見のすれ違い。口の悪い俺は、そのとき長太郎に死ねと言ってしまったのだ。そんなささいなことで、長太郎と俺との関係は瓦解してしまった。
 きっかけは、本当にささいなことだった。
 すべてが瓦解するのは、あっけないほど、あっというまだったのだ。

 俺の隣にいた長太郎は、死んだ。投身自殺だった。俺が死ねと言ったその日の帰りに、彼は白線の外側に消えたのだ。


「帰り際に、ちゃんと言ってやんな。お前が長太郎のこと好きだってことと、お前と俺が同じ存在であることを、ちゃんと種明かししてやんな」
「……は?」
「俺は別に……お前から長太郎をとる気はない」


 過去の俺は、わけがわからないと言いたげに見つめかえす。


「よく聞けよ、過去の俺。お前は、一度その大切なものを失わないとその大切さに気づけない、どうしようもないやつだ。それは俺が一番痛感している。だから一度はお前に、長太郎を失ったと思わせる必要があったんだ。俺がお前から長太郎をとったと、見せかける必要があったんだ。結果、それは成功したっぽいな。お前は自分の本当のことに、気づけたらしいな。お前が自分の本当のことに気づけたのなら、俺はそれでいい、それでいいんだ。俺は別に、過去の俺へとなりかわるつもりはない」
「……」


 過去の俺は苦い顔をして俺を睨んでいる。どうやら信用してないらしい。


「どうしてだ。どうして俺に協力するんだ。俺から長太郎をとることなんて、お前にはたやすいことだろうが。俺にそのことを気づかせるより、お前が俺になりかわってしまえばそれで済む話じゃねぇか。どうしてそんな回りくどいことをする。俺らしくもない。わけのわからない。実際、俺はお前に長太郎をとられかけた。長太郎はおまえのことが好きで、お前も長太郎のことが好きで、しかもお前は、一度長太郎を失っている。失敗を経験している。俺よりも、だんぜん有利なはずなのに、どうしてそこまで来て俺にチャンスを与えるんだ。長太郎を俺から奪った後で、なぜ俺に再びチャンスを与える。
 どうして、俺に力を貸そうとするんだ。いきなり現れたお前がただの善意で俺の協力者になってくれるとは考えにくい。こっちとしては理由もわからず親切にされるのは、純粋に気持ちが悪いんだよ」
「……」


 俺は沈黙した。
 こらえきれない衝動が、腹の底から湧き上がる。


「……ぷっ」


 そして、弾けるように笑いだす。おかしかった。なんだかおかしかった。突然大爆笑する俺を見て、過去の俺は目を丸くしている。あからさまに不審がっている。身構えて、戦闘体制に入っている。それが一層俺を笑わせる。

「……な、に……笑ってんだ」
「いや……ククク……。その言葉、どこかで聞いたことがあるような気がしてよ。俺とおんなじことを俺が言っているのがな、なーんかおかしくってよ。やっぱり俺は疑り深いな、っていうか、なんというか、やっぱり俺は俺なんだなー、というか」


 そうして、俺はにやにやとガキのように笑う。


「根本から考えて、俺がお前の未来をのっとろうだなんて不可能なんだ。ちゃんちゃらおかしな話なんだ。言っただろ、未来を変えることはできるが、過去を変えることはできないって」
「できてんじゃねーかよ。お前の過去は、変わったんじゃ……」
「いや、変わったのはお前の未来であって、俺の過去じゃねぇ」


 過去の俺はわけが分かりませんと言いたげな、呆けた顔をする。俺の言葉を理解できていないらしい。


「いいんだよ、お前は別に理解しなくっても。理解するのは俺だけでいい。だが、忘れるなよ、理解できなくても、忘れるなよ。未来を変えることはできるが、過去を変えることはできない。ずっとそのことだけは、頭にとどめておいてくれ」


 そう言って俺はにっと笑う。過去の俺から、どことなく緊張の色が消える。安堵するように細く息を吐くと、力が抜けたように肩を落とした。
 これで、俺のすべきことは終わった。
 安心と安堵からか、俺はガキのようににやにや笑っていた。



+++



 俺の握った拳から、だんだん力が抜けていくのがわかる。
 彼の言った意味はわからなかったが、彼の表情から、俺は安心していいのだとわかった。未来の俺は、本当に俺から長太郎をとる気はないらしい。
 俺は、やっと安心しても……いいらしい。
 未来の俺は、ガキのようににやにや笑っている。つられて俺も、にやにや笑っている。





 ……どくり……どくり……。


「……?」


 ……どくり……どくり……。


 頭の奥から心臓の音が聞こえる。
 どくり、どくり。
 それは止まることなく、俺の頭にこだまする。
 まるで俺に警鐘を鳴らすように。
 まるで俺に警鐘を鳴らすように。


「……どうしたんだ?」


 顔色を変えている俺を見て、未来の俺は怪訝そうに言う。……彼にはこの感覚はわからないのだろうか。


 以前から時々感じていた、この妙な感覚。
 長太郎に対する気持ちに嘘をついているときに、感じていた感覚。
 こいつが過去の俺であると、勘違いしているときに感じていた感覚。
 さっき跡部と話しているときに、感じていた感覚。
 まるで俺が何かはやがってんを起こしているのだと警鐘を鳴らすように、頭にこだまする心臓の音。


「……長太郎はいまどこにいるんだ」
「さあ、どっかにいるだろうよ。さっきまでそこにいたぜ」


 前にも、幾度となくこの変な胸騒ぎを覚えてきた。

 なんだか、嫌な予感がする。

 俺は未来の自分を見る。


 俺は……宍戸亮は、また大切なことを、肝心なところを、読み間違えているのではないか……?




07,08,08:UP