I-1(あいまいなすいっち)

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「明日から、お互い入れ替わろう」
宍戸さんは眉間にしわを寄せてそう言ってきたのは、夜もだいぶ遅い時間のことだった。おれはいぶがしげに目を細めて、わけがわかりませんと言おうとして、やめた。何か、ぴんと張りつめた危うい緊張のようなものを感じたからだ。夜の遅い時間にもかかわらず勃発してしまった大げんかでだいぶ興奮している彼は、顔を赤くしてわなわな拳を震わせたままだった。
「それしか思いつかねえ。もうそれしか手はねえ。明日の連休から、お前は鳳長太郎をやめて宍戸亮になれ。俺は明日から宍戸亮をやめて鳳長太郎を代わりにやる。そうするしか他に方法はねえ」
「どうしてそういう発想になるんですか。おれが何か宍戸さんの気にさわることをしていたなら直しますから言ってくださいって何回も言っているのに、どうして」
「だから、そういうところが気にくわないって言ってンだ」
「だからの意味がわかりませんって。もっとおれにもわかりやすく言ってくださいよ」
「言ったってしょうがねえだろう、こんだけ言ってるのにわかんねえってことは! だから、お互い入れ替わるしかないんだ」
「だから、宍戸さんの『だから』の意味がわからないんですよ」
おれは懸命にうったえるが、お互いの話は数分スパンで堂々巡りを繰り返して不毛な言い争いになっていた。
ことの始まりはもう思いだせない。どうして彼がこんなに激しく怒っているのか未だにわからない。ただ、思い出せるとしたら今日の夕方、不機嫌な雰囲気だった宍戸さんをあまり刺激しないようにと思いながらおれが洗濯物を畳んでいたときに彼がぶち切れて怒鳴りだしたことが始まりだったと思う。けどおれが洗濯物を畳んでいることが悪かったから怒鳴ったのではないということはわかっている。そう、それは関係ない。原因は他にある。そのことはわかっている。わかっているが、その「他」がわからない。何が宍戸さんをこんなに怒らせたのか、見当がつかないのだ。そこが一番の問題だし、だがそのことを質問しても「それ」が気にくわないんだって怒られて、結局話はスタート地点に戻ってしまう。
困りはてたおれを放っておいて、宍戸さんはさっさと寝室のベッドにもぐりこんでしまった。こうなってはもう何も言うことはできない。おれはまだ彼の言いたいことがわからなくてぐるぐる考えこんでいるままだった。お互い入れ替わるって、つまりどういうことなのだろう。具体的に何をして、そして、どうしたいのだろうか。彼との付き合いは長いが、今回ばかりは彼の意図がまったくわからない。おれはまだ状況が飲み込めないまま、あれやこれやとりとめもないことを頭上に並べてゆくうちに深い眠りへと落ちていってしまった。