今ならわかる。宍戸さんがお互いを入れ替えようとした理由が。
それは、ちょうどおれが宍戸さんといろいろ話しあいたいと思うことと同じことなのだろう。その二つは、実は全く同じ役割なのだ。お互いに微妙なずれが生じて、それが何であるのかわかりあおうとするとき、おれだったら徹底的に話し合ったりすることを選ぶ。おれは彼よりも単純なので話し合いだけで十分だっただけのことだと思う。だが彼はそのくらいでは全くインパクトに欠けてお互いをわかりあうためにはもの足りないので、彼はさまざまなバリエーションのなかでお互いを入れ替えることを選んだのだ。そう、それだけの違いなのだ。
どちらも結局は同じだ。お互いの考えの、ずれや、不満、影などを浮き彫りにしてくれる。そうしてお互いの摩擦を減らそうとする、努力なのだ。

おれはベッドで雑誌を読みながら、そう考える。
早めの夕食を済ませ終えて、長太郎は今お風呂に入っている。静かな夜だ。キッチンの蛇口からしたたる水滴の音だけが、わんと部屋のなかを響いている。俺はベッドに横になって雑誌を読んでいるのだが、そうしていると眠くなるからいけない。まだ夜も早い時間なのに眠気が鉛となっておおいかぶさってくる。今日はもう、これくらいにして寝てしまおうか、そう思ったとき長太郎が風呂からあがってきた。顔は見えず、濡れた髪だけが光って見えた。
時計を見ると夜中の十時で、なのに長太郎はリビングの電気も消して部屋のなかを闇にした。俺がベッドのわきのライトをつけようとするより速く、長太郎は俺に抱きついてきた。そして痛いくらい強く俺の胸と肩の間に顔を押しつけて、俺の寝巻きのなかにそのほてった手のひらを入れてきた。素肌に触れるその手が熱くて気持ちよかった。
「ねえ、宍戸さん」
俺の耳許すぐ近く、ひどくかすれて低い声が、至近距離で俺の耳を熱くする。短い吐息や、唇がすれる音ですら、すべて聞こえてくる。その細やかな刺激に俺は変な気分になり目を細めた。長太郎は、ゆっくりと遠慮がちに言う。
「・・・今夜は、ねえ、いいですか」
顔を上げた彼の目は、甘い、柔らかな色に輝いていた。薄闇のなかそれはことさらに強調され、その甘みをおびた光は一層甘やかに輝き俺をとらえる。長太郎は俺を見つめたまま、じいっと黙ってしまった。その沈黙に緊張して、心臓がどきどきしてゆくのがわかる。
ゆっくりと、遠慮がちに唇が触れてきた。ついばむように、触るだけのキス。それは次第に、深く、濃厚なキスになってゆく。舌をからめてきて、探るように、確かめるように、深く、そして激しく、からみついてくる。俺の体はキスの気持ちよさに酔っていき、頭はだんだん赤くかすんでいく。お互いの唇からは、短く甘い吐息と、淫らな音がおさえきれず漏れ出る。息つぐ間もない激しいキスに、酸素が薄くなってゆき苦しくて熱くてだんだん気持ちよくなっていった。
俺はそこではっと自分が流されていることに気づいて慌てて長太郎を引き離した。
「ちょ・・・ちょっと待て!」
俺はそのときどんな慌てた顔をしていたことか。長太郎は少ししゅんとした顔をすると、にこっと笑って言った。
「すいません、今日は気分じゃないんですね」
大人しく毛布にくるまっていき、彼はおやすみなさいと言って黙ってしまった。しばらく俺が心臓を落ち着けていると、長太郎の寝息が聞こえてきた。

俺はふと「長太郎」に戻って考えていた。
そうか、おれっていつもこういう風に宍戸さんのことを誘っていたんだな。
そのことにたいしてはそれ以上もそれ以下の感想も浮かばなかったが、ただ、すごく、心臓に悪いと思った。