不思議な予感は不思議なことに的中した。俺が一三番目に電話をかけた病院に、確かにいたのだ、鳳長太郎という入院患者が。
俺はそのことを確認するやいなや、家のカギを閉めるのも忘れて慌ててその病院へと飛び出した。病院の場所は、案の定家と俺の母親が入院している病院の中間のエリアに位置していた。予感が的中してしまったことに、喜びと怒りと不安が入りまじった複雑な気分になる。
息も絶え絶えに、三階の三〇六号室と書かれたプレートのドアを蹴り開けて飛び込む。きょとんとした顔で俺を見る患者さんのなかに、その顔はあった。長太郎は一番窓に近いベッドで横になっていた。
「・・・宍戸さん、どうしてここに?」
彼は本当に、ただただびっくりといった顔をしている。俺だってびっくりしたさ。まさか、本当に入院しているとは思っていなかったのだ。
彼は少し慌てた顔をして、あわあわ手を振っている。
「あの、ええと、黙っていてすいません。でも、そのですね、おれはただ宍戸さんに心配かけたくないだけで」
俺は長太郎のベッドの横にたたずんだ。彼の頭には、幾重にも包帯が巻かれていた。だがその白い包帯の一面は、赤く血がにじみ、それが見ていてひどく痛々しい。鮮烈な赤が、出血の酷さと傷の深さを物語っている。俺が傷口をすさまじい目で見ていることにはっとして、長太郎は額を手でおおった。
「ええとこれは、帰っているときにですね、自転車に後ろからぶつかってこられただけです、大丈夫です、大事には至ってませんから」
その言葉を聞いて、長太郎がその事故にあった様子がありありとまぶたに迫ってきた。
事故にあった現場の、長太郎の後ろはきっと坂だったのだろう。長太郎は鼻歌でも歌いながら空でも見あげていて、後方には注意を払わなかった。突然、金属をナイフで引っかくような音がけたたましく鳴り、驚いて振り返った。後ろに自転車を見る。自転車はあまりに銀色で、あまりに小型なものだから、本物の自転車には見えなかった。長太郎はぼんやりとその銀を見つめていた。車輪の進行方向の先に自分がいて、今まさに激突しようとしていることがうまく実感できなかった。物事はいつも唐突だ。しかしそれは巨大なエネルギーとともに衝突した。
心臓の止まるような衝撃を喰らった。ハンマーで叩かれるような衝撃を背中に受け、体は宙にのけぞった。体を二つに裂くような激痛が電撃のように走る。スピードのついた自転車の部品が、店のガラスを粉々に砕いた。持っていたケータイが逆方向にとんでゆく。人々の悲鳴が聞こえる。長太郎が黒いコンクリートに額をしたたかにぶつけた瞬間、テレビの電源が落ちるように映像は切れた。

俺は気がついたら、長太郎の頬を思いっきり殴っていた。

激しい音がとどろき、右手がじんと痛みだして、そこで始めて自分が長太郎を殴ったのだと気づいた。彼は俺の目を見ずに、か細い声で言う。
「・・・すいません、宍戸さん」
俺は何も言えなかった。ただ、怒りとも、なんともつかない感情が、黒く、赤く、マグマのように禍々しく腹のなか煮えたぎっている。沸騰し、爆発し、吹き出してしまおうとするそれを、押さえるのが精いっぱいだった。
胃のなかで地獄が広がっている。体が内部で腐りそうになる。視界が赤い。何も見えなくて、ただ、拳だけがわなわなと震えているのだけを、はっきりと感じとっていた。


――どうして俺が悪いのに喧嘩になると先に謝るんだよ。
――どうして交代でやる約束だった洗濯をし忘れたのに怒んねえんだよ。
――どうして俺が理不尽に怒鳴っても文句一つ言わないんだよ。
――どうして俺が不機嫌そうにしていると自分を責めるような顔するんだよ。
――それで、どうして旅行だなんて嘘をついて入院してるんだよ。
――心配かけたくなかったからって、どうしてこっちの気持ちは無視なんだよ。
――どうしていつも自分はないがしろなんだよ。
――どうしていつも自分の事は二の次なんだよ。
――どうしてそんなにお人好しでやさしいんだよ。

――どうして、そう、自分の事はいつも二の次なんだよ。